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孤軍奮闘就活日記!(外伝編:「学校か人物か」に関する考察)

集中連載『孤軍奮闘就活日記!』 外伝 考察

「孤軍奮闘就活日記!」の目次はこちら

 

 

こんにちは。

長らく連載していた「孤軍奮闘就活日記!」ですが、残りの8月・9月(内定月)に関してはあまりトピックがなく、書き残す必要がなさそうだと判断しました。そこで、これまでの時系列的な記述とは別に、「外伝編」として就活中に感じたことを書いていくことにします。

その最初(「外伝編」がいくつ続くか分かりませんが)のテーマが、「学校か人物か」ということなのです。すなわち、求人者が求職者の出身校を見るのか、それとも求職者自身の人物を見るのか、という点です。現実的には答えは「人物」ということになるのですが、これについて一度立ち止まって考えてみたいと思います。

 

知人の発言

私が「学校か人物か」ということを意識し始めたきっかけは、ある日食事を共にしたときの知人の話です。私は就活真っ只中、彼は就活終了というタイミング。彼の発言要旨は下のようなものでした。ちなみに彼は早慶大(どちらとは言いませんがどちらかです)に通っています。

 Penが内定とれないのって、○○大だからじゃね?
自分で言うのもあれだけど、早慶、せめてMARCHぐらいじゃないと就活厳しい気がする。正直、○○大よりも早慶・MARCHの方がレベル高いっしょ。

完全に学校重視の発言です。ただ、それにしても個人的には納得がいくものではありませんでした。というのも、私の大学は国立大ですが、大半の学生が滑り止めとして早慶を受けているためです。それにもかかわらず、私の大学よりも早慶の方が「レベル高い」ことが自明であるかのように言われることにもどかしさを覚えました。

もちろん、逆に私の大学が早慶よりも「レベル高い」と言うつもりは毛頭ありません。ただ、「早慶」(あるいは「MARCH」)というブランドに頼って他の大学を蔑視する態度に不快感を感じたのは言うまでもないことだったのです。一瞬のその感情の動きに任せて、私は少し反論してしまいました。私も個人の感情に走ってしまった部分はあったにしても、これに対する彼の答えが再び耳に障るものでした。

は?

Penが落ちる理由、いま分かったよ。「人物重視の選考」だからだな。人物に問題があるから落とされるんだよ。

彼は「学校重視」と「人物重視」という双方を言っているため、突き詰めていくと論理上無理があります*1。とはいえ、それからというもの、私の中には疑問が生まれ始めました。

――「学校重視」か「人物重視」か。実際の選考の上で、どちらを採ることが適切に選抜していると言えるのか分からなくなってきてしまったのです。

 

現状の印象

実際に就職活動をしてみて、現在の企業の求人活動・選考活動がどのような状況にあるかを確認しておきます。多くの会社は人物重視を掲げていますが、その中で大別すると、「人物重視を基本とした総合型」と「完全人物重視型」という二つに分けられそうです。

人物重視を基本とした総合型

まず「総合型」ですが、これは書類選考・グループディスカッション(グループワーク)・適性試験*2・面接などを織り混ぜながら、それぞれの段階で選抜していく形式を指すことにします。この形式を採っている企業は多いように感じます。

一見、非常に適切に選抜されているような形であり、現状ではこれが最も適切な方法だと思われます。しかし、これに対して両手を挙げて賛成しきれないからこそこの記事を書いているわけです。というのも、形式上「総合型」であったとしても人物重視を基本としている限りは面接段階にかなりのウェイトが置かれているからです。詳しくは後述しますが、この方式にも些かの問題があると考えています。

完全人物重視型

他方のこちらは、人物重視に"偏る"というものではなく、完全に人物重視の選考を行うという形式です。

私自身もこのタイプの選考を何社となく受けました。3回~5回程度面接を行うことで、就活生の人となりを知ろうとするという建前で実施するので、1対1の面接が1次面接から最終面接まで続いたりすることも少なくありません。1次面接では多くの応募者を見なくてはなりませんが、それでもしっかりとした基準に則って選抜されているのでしょうか。疑問です。

加えて、応募者がどのような学校に属しているかということに注目する企業も皆無ではないようです。まず、これらの「学校重視」と「人物重視」双方の意義と弊害について考察していきます。

 

「学校重視」の意義と弊害

就職活動というのは就職希望者(求職者)の側から見たときの言葉ですが、これを採用者からの側面で言うならば求人活動ということになります。「求人」とは字義上「(適した)人を求める」ことですから、一定の基準を満たした人を採用することが目標です。その基準として最も明確であり客観的であるのが「学力」でしょう。

では、その学力をどう測るか。その方法として最も手早いのは出身校で判断することでしょう。誰もが同じく受験勉強をする中で高いレベルに到達するということは、それなりの努力と能力を持っていることの証明になるはずです。

しかし、ここで注意が必要なのは「難関校の出身⇒学力が高い」は一定の確度を期待できる一方で、「相対的に高くないレベルの学校の出身⇒相対的に学力が低い」とは限らないという点です。何らかの理由があって実力よりもレベルを下げて入学している可能性は否定できないためです。従って、履歴書上の出身校のみでは本人の学力は必ずしも測れないということになります。

従って、「学校重視」の選抜は事実上意味がないものになります。このような経緯から、表面的には*3履歴書上の出身校で選抜をする企業は少ないのだと考えられます。

そもそも学力主義ということ自体に時代遅れ感を抱かせる空気があるのは事実です。大学の入学者選抜でさえ、得点ではなく段階付けによる評価をしようとする動きや推薦入試に再び目をつけようとする雰囲気があるのですから。ここでは「学校重視」は意義を弊害が上回っており選抜方法としては適切とは言えない、と結論づけておくことにしましょう。

 

「人物重視」の意義と弊害

「学校重視」に限界があることを確認した今では、「人物重視」に軍配をあげたいところですが、ここは一つ、やはり立ち止まって考えてみます。

実際に就職活動をしていると、多くの会社が「当社は人物重視の面接を行います」「大学なんて関係ありません!」というような文言を大々的に掲げていることがすぐに分かります。これは就活生に対して敷居をとても低くしてくれる言葉のように見えます。成績が良くなくても、大学そっちのけでバイト漬けの学生生活を送っていても、人物そのものが光っていれば採用してくれる、という希望を感じさせます。それこそ出身校にコンプレックスを抱えている人でも構えることなく参加することができるのです。

さて、実際の選考について考えてみます。全てとも言うべき数の会社が、選考のどこかの段階で面接を行います。書類選考でその人物を判断できるはずはありませんから、人物重視というのはこの面接段階での話になります。

さて、面接官はどのようにして合否を決めるのでしょうか。すぐに思いつくのは、いくつかの判断項目を設定して、それにどれほど合致しているかを見る方法です。質問に明確に答えているか、ハキハキと話しているか、姿勢は美しいか、などです。しかし、これだけに頼ることは人物重視には馴染まないことは言うまでもありません。「人物重視」の意義は、面接対策で完全に装備した人間や型にはまった人間ではなく、対策では培うことのできない個性が光る人間を見つけることにあるからです。事前に想定される判断項目だけではない、プラスアルファの要素を見つけるからこそ求職者の「人物」を見ていることになるはずです。

そうなると、面接官対求職者の1対1の空間の中で*4醸成される「目に見えないもの」が合否ラインになっていると言わざるを得ません。面接官が受ける印象や感情、更に言えば面接官の好みなども相俟って合否を決定している部分が大きいわけです。そうでなくては人物「重視」とは言えません。

さて、「人物重視」は公正な方法と言えるでしょうか。学力主義を採る一つのメリットは、基準が明確で客観的である点にありましたが、この要素が「人物重視」では排除されているように思えるのです。

就職活動の中では、「顔採用」という言葉にも時折出会います。つまり女性であれば「かわいいから採用」、男性であれば「かっこいいから採用」というわけですが、これも強ち都市伝説とは言えないでしょう。人物重視の面接では全ては「面接官が判断した求職者の人物像」に委ねられるわけですから、言うなればビジュアル重視の面接官がいても何ら不思議はありません*5

あたかも魔法の言葉のように多用されている「人物重視の選考」ですが、公正性という点から考えると、魔法のように欠点がないということではないと言えそうです。

 

公正な選考の検討(結に代えて)

つい最近まで選考を受けていた私が、選考する側の話をするのは少し僭越である気はするのですが、ここまで論じてきた勢いで意見を書き切ってしまおうと思います。

以上では、出身校で判断する方法と人物像で判断する方法のそれぞれの意義と弊害を述べてきました。ただ、現実の選考の中で出身校のみを基準にしている企業はあったとしてもごくわずかだと考えられます。このセクションでは、先述の「人物重視を基本とした総合型」すなわち様々な選考形式を利用しながら合否を決していく方式の改善の余地について考えていきたいと思います。

「総合型」の検討

この選考法が一定数以上の企業で用いられているのは、それこそ総合的に応募者の実力を見ることができると考えられているためだと思います。しかし、敢えて私は「実力を測るには不十分」と評価したいのです。

一旦、「なぜ企業が応募者を選ぶのか」という根本を考え直してみます。当然、「応募者全員を採用することができないから」という回答が適当でしょう。それでは、なぜ抽選などの方法ではなく面接などを行うのか、という点の答えは? それはおそらく「入社してから働いてくれる人を採用したいから」。そして、その中でも「成果*6を上げそうな人」を選びたいというのはどの企業でも共通しているように思います。優等生的に結論するならば「コミュニケーションを適切に取りながら与えられた業務に懸命に勤しみ、更なる高みを求められる人」ということになるかもしれません。

その割に、実際の選考では「仕事ができるかどうか」という部分にあまり重きが置かれていない(ように見える)のは不思議です。どこもかしこも面接ばかりを繰り返し、「求める能力像」として「コミュニケーション能力」の高さを欠かさない。意志疎通を図ることができることは不可欠であるにしても、あまりにもその部分に傾斜しすぎているのではないかと感じます。

海外での求人活動においては、他人との協調の中で一つのものを作り上げる過程での様子を見ようとする工夫がより強く見られます。グループ分けした応募者にブロックで課題に沿ったモノを組み立てさせたり、インターンシップで採用の意思を伝えてしまったり*7。日本でも、もっと実用的な力を見る選考が流行るといいですね。

適性試験の問題点

現在、「適性試験」などの名でテストを行っている企業の多くに関しても、その運用が疑問です。適性試験を実施する非常に高い割合の企業がいわゆるwebテスト*8を利用していますが、これは当然のことながら不正が可能です。インターネットで検索すれば、いかに世間の大学生が不正の下でwebテストに臨んでいるかがすぐに分かります。友人などと協力しながら解くなどのケースはかなり多いようです。一方の私は意地でも一人で解いてやる、という気持ちで取り組んでいたのですが、誰がどう考えても不正解答者に正答率で勝てるはずがありません。したがって、私はwebテストの段階で落とされて当たり前です。ところが私は落とされたことがありません。これは問題だと思いませんか。応募者数が定員の何百倍というような大手企業でも同じですから、かなり「緩い」合否基準なのだと推測されます。これに対しては「不正をすることを見越しているからこそ、高得点者だけを受からせることはできない(=正直に一人で解いた人への配慮をしている)」という理由付けがなされるのかもしれませんが、本末転倒でしょう。これではテストの意味をなしていません。高校の定期テストで、「カンニング黙認状態にする代わりに、当初から全員に30点ずつ与える」みたいなルールがあったらおかしいのと同じだと思います。

上のような不正を防きながら大人数の応募者に対応する方法は、現行の制度のなかに既にあります(当然ですね)。それが、各所に設けられた試験会場で試験を受けさせる方式(テストセンター)です。ただ、このタイプの受験をさせる企業はあまり多くないのが現状です。その理由は単純に、テストセンターはwebテストに比べて企業の費用負担が大きいからです*9。業者に委託すると、このような費用が発生するのが難点とも言えるかもしれません。

それなら業者に委託しなければよいのです。自社でテストを作成し、それを解かせれば必要最低限で済むわけです。おそらくこれも、企業の側からすると難しいのでしょう。問題作成に費やすことのできる暇はない、暇はあってもテスト問題を作る手間が煩わしい、どんな問題を作ればよいか分からない、 作ったとしても採点が面倒くさい。私自身も、このようなテストは内定先の企業でしか受けたことがありません*10ので、あまり現実的な方法ではないと思われます。

こうなると、適性試験というものを実施すること自体に難しさがあるように思えてきます。学科試験の形骸化もやむを得ないのかもしれません。とはいえ、どことなくもどかしさを感じます。私が小学校から大学までの16年間それなりに努力して勉強してきたことは、社会人になるというこのタイミングに至っては無駄だったという気がしてしまうのです。まして、勉強嫌いの私と比べればもっと学習に力を注いできた人はたくさんいるでしょう。その人たちでさえも、「人物重視」の選考で他の人と同じスタート地点に戻されてしまうのでしょうか。

「学生の本分は勉強」はどこへ

私は大学入学以来、空白の期間なくアルバイトを続けています。アルバイト先で知り合った何人かの学生は、サークルや部活にも勤しんでいます。ただ、これとは逆に、大学で選考していることの専門性を高めようとして大学付属図書館などで夜まで講義の予復習に専念する学生もいるのは事実です。どうやらこの三者では、就職活動においては格差が出ることがあるようなのです。

インターネットや学生同士の会話のなかに、「ノンバイサー」という言葉が現れることがあります。「バイ」は「アルバイト」、「サー」は「サークル」のことで、「ノンバイサー」とはすなわち「アルバイトもせずサークルにも参加していない学生」を指す言葉です。一般的に、就職活動で最も不利なタイプだと言われています。

これは単なる噂ではないでしょう。実際に先輩などの様子を見ていて、不利なのではないかと感じられたからこそ、代々受け継がれている言葉なのだと思います。また、企業の側も面接などで「学生時代に仲間と何かを成し遂げた経験はありますか」などと頻繁に質問していることからも、集団活動の経験に重きを置いていることが推察されるわけです。

しかし、何のために大学に入るか、と言われれば本来の答えは「専門的な知識を得るため」でしょう。「なんとなく」とか「すぐに社会に出ないで遊びたいから」とか、そういう理由では動機にならないのは言うまでもありません。後者のような理由では、就職面接で志望動機を聞かれて「なんとなく会社の名前を知っていたから」などと答えるのと変わりありません。それなのに、企業はアルバイトに力を入れた学生やサークル活動に精を出した学生を、勉強に専念してきた学生よりも優遇する傾向があるというのは矛盾だと思います。

おそらく、「勉強ばかりしていました」という学生の話では「集団のなかでの役割」や「仲間と協力する力」などの観点での評価がしづらく、「人物」を重視する面接には適していないということなのだと考えられます。

では、なぜ多くの企業で高卒採用に消極的なのでしょうか。高卒者の採用といえば工場勤務が多くを占めて事務職や営業職採用が非常に少ないのです。学歴には関係なく人物に焦点を当てるならば、わざわざ4年も歳を重ねた大卒者に限る必要はないのではないかと思います。それに、大学に比べれば高校の方が日常的に団体行動をする場面が多いのですから、その方が良いようにも見えます。大学の自由な空気に触れていない分、純粋な心を持っている人は高卒者に多いかもしれません。それなのに、遊び歩いてギリギリで単位を取るような大学生でも採用しようとする理由が今一つ納得いかないところです*11

公正性

では、現状以上に公正な選考というのは存在し得ないのでしょうか。必ずあるはずです。

要は、「よくある質問」をしないことなのではないかと思います。面接で採否を決めるのは不可欠であるにしても、準備して勝ち抜ける面接は無意味です。そこで現れる人物像は応募者本人の人物像ではなく、応募者の大学の両親やキャリアセンター、はたまた市販の就活対策本の著者の考えによって固められたニセ人物像である可能性だってあるからです。対策し得ない質問、それはある意味突飛な質問かもしれませんが、それこそ応募者の臨機応変な対応、当意即妙な回答、コミュニケーション能力を測ることのできる方法だと思います。例えば、仕事でやり取りするメールのモデルでも用意して、特定の状況のときにどう返信するかを喋らせてみたらどうでしょうか。同じようなパターンでいけば、面接官が他社の担当者になりきって、ビジネストークをしてみるとか。もっと「普通の」面接内容であれば、「当社が新たな事業を起こすならばどういった事業がよいと思いますか」とか。考えればいくらでも出てきそうなものです。

――「よくある質問」ではない質問を考えるのは大変? 就活生だって一生懸命に面接に臨んでいます。人事担当者も、質問を考えるくらいは頑張ってください。仕事なんですから。(了)

*1:ここでは彼の論理にしたがって「学校」か「人物」か、ということで二項対立的に考えている。このように観点を2つとした場合、「重視」というのは一方よりも他方に重きをおくということと同値である。従って、双方を「重視」するということは理論上あり得ないことになる。

*2:テスト。多くの場合、学力検査と性格検査の2つが併せて行われる。

*3:裏で出身校による選別が行われている可能性は十分にある。東大生に対しては「空席あり」と表示される説明会が、無名の私大の学生に対しては「満席」と表示される、というような事象はまことしやかに噂され、また就職活動対策本の類にも掲載されている。また、そのような選別でなくとも、いわゆる「学閥」の存在する企業では特定の学校の出身者が有利ということはしばしばある。

*4:形式上1対1の個人面接だけではなく、複数対複数などの面接の場合も、質問-回答という部分や面接官一人ひとりが求職者一人ひとりを見ているという点では1対1である。

*5:いわば"合法的に"顔採用をしているのはテレビ局のアナウンサー採用だろう。これは、不特定多数が見るテレビでは美形のアナウンサーを出した方が視聴率も取れる、などの思惑や計算の上であると思われる。では、外回りをする営業は? このときに面接官が「美形の営業パーソンの方が注文を取りやすい」と考えるならば当然のごとく顔採用に近づくということになる。

*6:その内容がどのようなものであれ、企業にとってプラスになるもの。

*7:もちろん、日本では3月からの「説明会解禁」、6月からの「面接解禁」のような制約が存在するために、現実的には後者のようなことは難しいのは事実である。

*8:web上で解答/回答する形式のテスト。しばしば自宅などで答えることができる。

*9:リクルート実施のテストで比較すれば、webテストは受験者一人あたり4000円、テストセンターは5500円。

*10:内容は英文和訳、和文英訳、一般常識・時事。

*11:念のため付記しておくと、高卒採用を行いにくいのは、面接の質問事項が制限されているなどの大卒採用には違った難しさがあるためと言われる。